米国で注目される情報新ビジネス ~ユティリティ・コンピューティング

先見経済 「米国で注目される情報新ビジネス ~ユティリティ・コンピューティング」

先見経済』 2003年10月17日

 コンピューターを電気や水道を使うように気軽に使えたらどんなに素晴らしいか。そういう思いを叶えてくれるのではないか、と、期待させるような名称のコンピューターサービスが米国で流行り始めた。「ユティリティ・コンピューティング」である。市場を二分する大手ベンダーのIBMやHP(ヒューレット・パッカード)が昨年から今年にかけて本格的に取り組むと発表し、にわかに注目を浴びている。もちろん、一般のユーザーが電気や水道のように利用できるほどには簡単なサービスではないが、コスト圧縮など膨張する情報投資対策としては注目できる。その実態を考えてみよう。

 米国から届く新サービス関係のニュースはいずれも衝撃的である。
 
 IBMがアメリカン・エクスプレス社と結んだ契約は、アメリカン・エクスプレス社の情報システム部門二千人の従業員をIBMに移管し、同時に七年間で四十億㌦の基本料金を支払って情報サービスの提供を受けるというものである。コンピューター本体やデータベース、顧客サービスにかかわるサービスなど一括して受けるが、従来の「アウトソーシング」の形式を一歩進めて、四十億㌦は基本料金で、当初の契約で、提供するサービスの増減に応じて、追加料金が支払われることになっている。

 さらに、昨年十一月、IBMはJ・P・モルガン・チェイスとの間で、先のアメリカン・エクスプレスを上回る内容の契約を結んだ。IBMに移籍する従業員の数は、今度はざっと四千人。七年間で五十億㌦の基本料金を支払い、通信ネットワーク、データセンター、顧客サポートなどをIBMのサービス提供を受ける。使用するネットワークやデータセンターの能力に応じて追加料金を支払う点で、ユティリティ・コンピューティングと呼ばれる。IBMは、こうしたサービスを必要に応じてサービスを提供し、使用量に応じて料金をとるという意味で「オン・デマンド・サービス」という呼び方をしている。

 HPが今年四月に発表したのはプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)と契約したサービスだ。コンピューター本体、ソフト、管理・運用業務、データセンターを含むネットワーク、顧客サービス業務のアウトソーシング契約で、基本料金は十年間で三十億㌦、使用量に応じて追加料金が請求される。P&Gはこのサービス契約とともに、世界約千八百五十人のIT関連の従業員をHPに移籍させることになった。
 
 コンピューター会社は、従来のようなコンピューターシステムをユーザー企業に販売するビジネスから、大きく一歩を踏み出しつつある。最も活発に動いているIBMの場合はユーザー企業の情報システム部門を買収、あるいは親会社との共同出資会社にして、IBMの系列会社に変えてしまっている。つまり、ユーザー会社の情報システム部門の従業員をそっくりIBMか、IBMのグループ会社に移籍させてしまった。

 IBM側としては、ライバルのコンピューターメーカーと次期システムをめぐってユーザー企業を奪い合い、値下げで対応してゆくという苦戦を回避できる。「ユティリティ・コンピューティング」は、一括受託サービス(アウトソーシング)をさらに進めて、将来の変動に合わせて、使っただけの料金を追加徴収する点で危険を避ける提案である。

 一方、ユーザー企業のメリットも大きい。ユーザーからすると、自分でコンピューターや記憶装置を購入しなくて済む、メンテナンスなどの管理もしなくて済む、あるいは、ソフトウエアを自分で購入しなくて済む、購入したソフトウエアの新しいバージョンが出てきたときに新バージョンに切り替える作業をしなくて済む、というメリットがある。そうした作業は膨大な購入経費と運用の人件費、ソフト開発の人件費、ソフトウエア入れ替えの人件費などが膨らんでゆく。それをすべてベンダーに任せて、ユーザーは自分のして欲しいことだけを要求し、使うだけに徹する、というサービスになる。

 経営陣が巨額の情報システム投資の決定を自ら行う負担から解放されるだけでなく、従業員を移籍することでスリム化し、本業に集中する中核事業化の経営戦略を採用できる。もちろん、CIO(情報戦略役員)と情報企画要員は確保しておかなければならないが、ユーザーにとっては企業組織を根本から変える大きな決断となる。

 コンピューター産業全体にとっても大きな変化だ。新しいビジネスは、コンピューターメーカーがシステムを販売するのではなく、システムを提供して利用させるというビジネスモデルである。ソフト産業にとってみると、これまで直接にユーザー企業にソフトウエアを販売していたのが、ユティリティ・コンピューティングを提供する大手メーカーやサービス会社が販売の相手となる。営業の手間が省けるとも言えるし、主導権を大手ベンダーが握るため、寡占化が進むともいえる。大変化である。

 コンピューターの性能向上のスピードは猛烈である。コンピューター産業の栄枯盛衰が激しいのは、その結果である。十年でざっと百倍の性能向上というのがコンピューター技術進展のスピードだ。十年前に市場を席巻した技術は、そのユーザーの束縛を受けて、次の技術に移行するのが遅れる。そこで百倍になった技術を引っさげて製品を投入する新顔のベンダーに敗北し、その席を譲る、という構図である。

 コンピューター産業には次々と新しいカタカナ文字の製品が登場する、と愚痴を言っても仕方がない。高速の技術革新の進展の結果だ。システムが本質的なところで変わり、それを表現する言葉がないのだから新しい言葉を作るほかない。単に、企業の戦略上、新語を作ってユーザーを誤魔化しているわけではない(そういう輩がいないわけではないが)。製品のコンセプトが変わるだけではない。企業だってつぶれて無くなるくらいである。

 「ユティリティ・コンピューティング」もそういう意味では、企業の盛衰もかかっている新しいコンセプトである。コンピュータービジネスやコンピューター産業のあり方を根本的に変えるような考え方の登場である。コンピューター会社がこれまでは製品やシステム、あるいはソフトそのものを販売してきたが、現在は、ちょうど次のビジネスモデルへ移るステップにある。それが「サービス」である。ユーザーが欲しいのは機能であって、それをサービスとして提供するビジネスモデルを求めている、と言えるのか。


先見経済』 2003年10月

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