ソフトウェア社会のゆくえ

ソフトウェア社会のゆくえ

 玉井哲雄教授は筆者と大学の同級生、ソフトウェア工学の大御所。今年3月で64歳の定年規定に則って退官する。その記念すべき集大成の著書だが、今回はサービス精神を発揮して、一般向けの分かりやすい啓蒙書になっている。専門家以外にもソフトウェアとはどういうもので、どのように発展してきたか、どういう問題をはらんでいるか、広範に説明してくれる。

 社会におけるソフトウェアの重要性、その認識が正しく定着していないこと、情報産業の興亡と現在の日本の情報ビジネスの問題点など、その状況把握は的確で、かつ平易な表現で展開されている。ソフトウェア工学は英語では「ソフトウェアエンジニアリング」で、エンジニアリングは進行形の名詞である。モノを設計し、製造する現場と密接に結び付いた性格を持つ。学問として孤立するのではなく、産業界の現場で実際に研究成果を生む学問領域である。

 玉井哲雄教授自身、コンピューター研究の本丸の東京大学工学部計数工学科の修士を終えた後、三菱総合研究所に入社して、実際にシステムの設計、開発に携わってきた。人工知能が実用化の段階に入って話題が沸騰してくると、同社の中に人工知能に関わる調査部門ができるとその室長に就いた。途中、ワシントンに長期出張しているさなかに、日本経済新聞記者だった筆者も人工知能関連の取材に米国に訪問、旧友、玉井氏に取材の世話を依頼し、一緒に人工知能の研究機関を回った。ところが、相手の研究者と研究テーマについて専門用語を駆使しながら議論を交わすのに熱中して、筆者は「蚊帳の外」に置いてけぼりとなる寂しさを味わった。

 その後、大学に戻って後進の指導に当たってきたが、温厚で博識、ソフトウェアについて、ソフトウェア産業について、的確な知識も持っている。こういう先生をこれまで産業界の側でもっと重要なポストに起用すべきだったのではないか。いや、まだ、遅くはない。64歳は、これからが働き盛り。冒頭に、この著書を「集大成」と書いたが、そうではなく、これをスタートラインにして、さらに活躍の機会を作ってもらいたいものだ。

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